シンヤコヅカ(SHINYAKOZUKA)は楽天ファッション・ウィーク東京2024春夏2日目の8月29日、東京体育館 サブアリーナ前で2024年春夏コレクションを発表した。
デザイナーの小塚信哉は今回のコレクションリリースに次のように書いている。
Dear ALL,
I love you を夏目漱石が “月が綺麗ですね” と訳した話があります。
正しい訳とは何かと思わせる素敵な訳し方だと思います。
イタリアンレストランでエプロンをしてあくせく働く店員
そのお店でマルゲリータ的なものを囲む、カップルになるかどうか微妙な距離感の男女
コンビニで僕の前でタバコを 3 箱買い、路地裏に消えていく上下スウェットのおじさん
柴犬を連れてとことこ歩くおばあさん
どこに行ったら手に入るか分からないロゴが入っているキャップ
男性たちに両脇を抱えられて千鳥足で歩くロングコートを着た女性
粗大ゴミシールを貼られ朝を待つソファ
看板だけで美味しいのが分かるトンカツ屋
右手にプレミアムなビール
夜の帰り道に見た光景です。散歩するのが好きで、よくビール片手に歩いています。20 歳の
頃は、終電で神戸や京都に行き、朝にかけて実家の大阪まで歩いたりもしていました。綺麗
な景色や名所は通らずに、商店街や住宅街を歩き、偶然出逢った上記の景色等を見るのがと
ても心地よく感じます。頭の中でこれらの景色は勝手に、それぞれがそれぞれの役割を演じ
ている劇にも見えるし、限られた情報の中で、その奥のストーリーを思い描く詩を読んでいる
ような感覚になるからです。若い頃のように、半日かけての散歩はさすがになくなりましたが、
気が向くと事務所から自宅に歩いて帰ったり、自宅のある最寄りから少し離れた駅で降りて、
散歩しながら帰るようにしています。散歩をしている時が、一番考え事をしていたり、アイデ
アを練っている時間で、リラックスしたとても心地よい時間が流れます。頭の中は、真っ白な
キャンバスに言葉や絵が描かれていき、それらが、住宅街の何の変哲もない景色に重なり、
絵空事みたいな景色になる感覚です。
ビールも手伝って。
ですので、「ストリート」という言葉は自身にとっては「ファンタジー」なのかもしれません。
絵を描く際に、月と家のモチーフをよく描きます。昔から好きで、何故だろうと思っていました。
“好きなミュージシャンがよく月について歌っているから”
“バウハウス的な丸・三角・四角の組み合わせに見えるから”
そんなところかなと思っていたのですが、
“散歩で見るよく見る景色”
これが一番しっくりくる気がします。今回、ずっと何故か青と金が気になっていて、イヴ・ク
ラインの作品かなと思っていたのですが、散歩中に片手に持っていたプレミアムなビールの配
色を見て、「これだ!この親近感だ!」とも、なりました。このように、散歩中に得れることば
かりでした。
いつも、“裏の方が素敵”・“豊かさは隠れたところにある” と考えてモノを作っていたのですが、
リサーチの過程でとある本を読み自身のバイアスが壊れました。そこから、裏 “も” 素敵、と
言いたいのだと思うようになりました。
シンプルに
表も裏も
上も下も
右も左も
強いも弱いも
肯定できるような。
「美味しそう」と笑顔で言い合っているような情景を、
「美味しい!」と誰かと共有しているような情景を、 作れるブランド。
そのステップになれているかな?
なれればいいな、と思ったコレクションです。
今回は散歩がきっかけで、「歩く」というのはフィジカルにもメタファーとしても良いと思い、
タイトルは「WONDERFUL WANDER」にしようと思いました。「素敵な散歩」という意味
ですが、訳がしっくりきませんでした。言いたいことは、散歩が素敵ということではなく、上
記のような情景をそれぞれの生活の豊かさの足しにしてもらいたい、という気持ちです。
ですので、もちろん今回の情景をそのまま表したり、喜びや感動を共有して所有したりしても
らいたいという願いを込めて、WONDERFUL WANDER と書いて、自分なりに訳してこう
読むことにします。
月が綺麗ですね。
ISSUE#4
WONDERFUL WANDER
“月が綺麗ですね”
Sincerely,
SHINYAKOZUKA
参考資料
・伊藤亜紗
「目の見えない人は世界をどう見ているのか」
・西尾勝彦
「歩きながらはじまること」
・藤本徹
「青葱を切る」
・エレファントカシマシ
「風」
・なんの変哲もない散歩道